高橋規子先生の七回忌によせて

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晩秋らしい、澄んだ空気とやわらかな日差しが心地よいここ数日です。オフィス近くの日本大通りや山下公園沿いのイチョウも、だんだんと美しい黄金色に染まり、通勤時や昼休みに目を楽しませてくれています。
根元には、かわいらしい実がコロコロと。通りかかるたび、拾いたくてムズムズします。でも、道ゆく人たちは見向きもしません。
あれは拾うと、何か問題があるのでしょうか。所有権が誰にあるとかなんとか?私の中では、落ちている銀杏といえば「早い者勝ちで拾うもの」というイメージなのですが……昭和?

閑話休題。
11月といえば、高橋規子先生の七回忌が近づいてきました。システムズアプローチを私に一から教え、鍛えてくださった、恩師です。2011年11月13日に、先生が47歳の若さで亡くなられてから、6年。もう6年なのか、まだ6年なのかよくわかりませんが、とにかく6年。

その頃、私はすでに高橋先生の研修会を一応「卒業」というかたちになっておりましたし、先生は私が頼らず、なるべく自力でやっていけるよう背中を押してくださっていましたから、先生に直接ご指導いただいたり、ご相談する機会も、少なくなっていました。それから、6年。
6年も経つと、あれこれさまざまに変わります。若手だからという言い訳に逃げられず、「中堅」と言われても拒めない世代になりました。経験したことのないお仕事をいただく機会も、増えました。学会の委員、シンポジストやコメンテーター、研修講師、等々等々。こんなやり方で良いのかと迷ったり、あれで良かったのかと悔やんだりも、しばしばです。
こんな時に、先生がいらっしゃったら。「先生に会いたいなあ」という思いが、胸をよぎります。6年前よりも今の方が、先生の不在を強く感じます。
まあ、なかなかに「濃ゆい」方でしたから、お会いしたらしたで「七面倒な話にもなるんじゃないの〜?」なんてツッコミが、各所から聞こえてきそうでもありますが(笑)

年次を経るということは、経験が積まれると同時に、「先生」を失っていくということでもあるのだと、あらためて思います。仕事を続けるかぎり、どんなにベテランになっても、迷い戸惑うことはなくならないでしょう。諸先輩方は「先生」の喪失と、どのように折り合ってこられたのか。あの方この方に、いつかうかがってみたいなあ……と、そんなことに想いが舞い飛ぶ頭の上は、霜月の深い深い青空です。

こんな時には、家族療法の偉大な先達、キーニーとその師「オルガ」に倣って、自分に問いかけてみましょうか。「もし高橋先生だったら、この状況をどんなふうに考える?」

(安江)

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